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楽語(69)ピエリアの牛泥棒
楽語(69)ピエリアの牛泥棒 えー、宇宙一の楽語者(らくごしゃ)・モモテでございます。 本日はS県のK少年刑務所にお招きくださり、ありがとうございます。 座っていらっしゃる方々は、お若い人ばかり。 四方にいらっしゃる方々は、老けた人ばかり。いや、多少ふけておりますが、お元気そうな人たちばかり……。 私のような病持ちの老人には、まことにうらやましいことでございます。 ...続きを見る

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2017/04/19 18:14
新しい水星暦
新しい水星暦 表 正彦 著 ...続きを見る

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2017/04/16 00:03
楽語(68)マヤの金星暦
楽語(68)マヤの金星暦 私(湘海ケーブルテレビの第三スタジオ。司会者の席についている。第二カメラを見て) 「えー、宇宙一の楽語者(らくごしゃ)・モモテでございます。 本日のテーマは【マヤの金星暦】でございます。 ゲストに、南陽大学人文学部准教授のエルナンデス美香先生をお迎えしております」(顔をゲスト席の方に向け) 「エルナンデス先生、お願いいたします」 エルナンデス(微笑みながら一礼する) 「こちらこそ、お願いいたします」 ...続きを見る

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2017/04/14 16:10
金星と月の暦
金星と月の暦 The Calendars Based on Both Venusian and Lunar Cycles ...続きを見る

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2017/04/13 04:30
楽語(67)始皇帝はバカかアホか天才か?
楽語(67)始皇帝はバカかアホか天才か? えー、宇宙一の楽語者(らくごしゃ)・モモテでございます。 本日は秦氏(はたうじ)とつながりが深い神奈川県秦野市の文化施設にお招きくださり、ありがとうございます。秦氏と言えば秦国、秦国と言えば始皇帝でございます。 ...続きを見る

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2017/04/09 14:49
近況
近況 近況でございます。 ...続きを見る

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2017/04/04 09:53
未来の太陰太陽暦考(5)
未来の太陰太陽暦考(5) 黒井俊行 著  ...続きを見る

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2017/04/04 07:53
未来の太陰太陽暦考(4)
未来の太陰太陽暦考(4) 黒井俊行 著  ...続きを見る

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2017/04/04 00:02
未来の太陰太陽暦考(3)
未来の太陰太陽暦考(3) 黒井俊行 著  ...続きを見る

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2017/04/03 15:59
未来の太陰太陽暦考(2)
未来の太陰太陽暦考(2) 黒井俊行 著  ...続きを見る

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2017/04/03 13:10
未来の太陰太陽暦考(1)
未来の太陰太陽暦考(1) 黒井俊行 著  ...続きを見る

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2017/04/02 07:40
未来の太陰太陽暦(2) 
未来の太陰太陽暦(2)      表正彦‐著   2.新しい太陰太陽暦 2−1.新しい暦法をさがして ...続きを見る

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2017/03/28 17:50
未来の太陰太陽暦(1)
未来の太陰太陽暦(1) 表正彦‐著   はじめに ...続きを見る

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2017/03/28 17:16
「徐福の墓を探せ!」(19)徐福の現代的意義
「徐福の墓を探せ!」(19)徐福の現代的意義 汐崎「さて今度は、徐福の現代的意義について話したいと思います」 私「はい」 汐崎「徐福は過去の遺物ではありません。徐福は日中韓にまたがる巨大な虹、すなわち現代的なブランド力と結合力を持つ、希望の架け橋です。 その実例をお話しします。2008年の10月には佐賀市が【佐賀・徐福国際シンポジウム】を開催。日本国内・中国・台湾・韓国から研究者が多数参加し、発表を行ないました。吉野ヶ里遺跡との関連についても講演が行なわれたそうです。2015年の9月から2016年の5月にかけては3度、【中韓日徐福... ...続きを見る

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2017/03/28 11:16
「徐福の墓を探せ!」(18)徐福と現代の漫画文化
「徐福の墓を探せ!」(18)徐福と現代の漫画文化 私(第三スタジオの第二カメラを見て) 「えー、本日は、漫画評論家でコラムニストの汐崎哲也(しおさき・てつや)さんに来ていただいています。汐崎さん、おはようございます」 汐崎(20代後半の痩せた男性が着席している。一礼して) 「おはようございます」 私(汐崎を見あげて) 「汐崎さんは大きいですね。身長は、どれぐらいありますか」 汐崎(首をすくめて) 「203pです」 私「ほう! 小学生の頃からバスケットをやっていたんじゃあないですか」 汐崎「残念ながら、やっていません。実は運... ...続きを見る

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2017/03/28 06:12
「徐福の墓を探せ!」(17)徐福とイネ
「徐福の墓を探せ!」(17)徐福とイネ 稲田(真顔で) 「北部九州、北部九州と申しましても、いささか広うござんす。その範囲をせばめるため、大昔の稲作文化を取りあげたいと存じやす」 私(あきれ顔で) 「急に、どうしたんですか」 稲田(笑って) 「森の石松の口調で、やってみました」 私「先生、お生まれはどちらですか」 稲田「てめえ、生国と発しますところ、関東でござんす。関東、関東と申しましても、いささか広うござんす」 私(第一カメラをちらりと見て) 「先生、バラエティ番組じゃあないんで……まじめにやってください」 ... ...続きを見る

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2017/03/26 14:49
「徐福の墓を探せ!」(16)徐福とクスノキ
「徐福の墓を探せ!」(16)徐福とクスノキ 私(第三スタジオで着席している。第二カメラを見て) 「えー、本日は、湘南大学農学部准教授の稲田淳(いなだ・じゅん)先生をお招きしております。稲田先生、おはようございます」 稲田(長身の壮年男性が着席している。一礼して) 「おはようございます」 私(稲田を見あげて) 「先生、身の丈は何cmですか」 稲田(頭をかいて) 「198pとちょっと……」 私「ほう! 小学校時代のあだ名は何でしたか」 稲田「キリンです。中学校時代はウドの大木って呼ばれていました」 私「そうですかあ。あ... ...続きを見る

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2017/03/24 21:22
「徐福の墓を探せ!」(15)富士山麓に死す
「徐福の墓を探せ!」(15)富士山麓に死す 星「わたしは、富士山の麓に徐福の墓があった、と考えています。その考えのよりどころとなっているのは三つの古文献――『義楚六帖』と『宮下文書』と『常陸国風土記』――です」 私「先生。それらの文献について、お話しください」 星「分かりました。『義楚六帖』は10世紀の中国人・釈義楚(しゃくぎそ)が著わした仏教書です。それには、顕徳五年(958年)に日本僧の弘順大師がこのように言った、と書かれています。徐福は日本に来て富士山を蓬莱山として永住した。その子孫は秦氏(はたうじ)と名乗っている、と」 ... ...続きを見る

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2017/03/19 18:47
「徐福の墓を探せ!」(14)弓を使った緯度決定法
「徐福の墓を探せ!」(14)弓を使った緯度決定法 私「ねえ、先生。先生は、徐福が3:4:5の直角三角形を持ち歩いた、とお考えですか」 星(ニヤニヤ笑って) 「始皇帝につかえていた方士たち――盧生(ろせい)、侯生(こうせい)、石生(せきせい)たち――が持っていた可能性はあります。徐福の場合は……どうでしょう。直角三角形って、けっこう、かさばるんじゃあないでしょうか」 私「かさばるでしょうね」 星「もっと実用的な物を使っていたような気がします」 私「と言うと?」 星「たとえば、弓」 私「弓?」 ...続きを見る

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2017/03/11 16:57
「徐福の墓を探せ!」(13)移動する天の北極
「徐福の墓を探せ!」(13)移動する天の北極 星「モモテさん。古代中国人が用いた主な数学原理は、【鉤股(こうこ)】の関係と相似三角形の対応辺が比例するという性質です。徐福もこの原理を用いたと推測されます」 私「コーコとは何ですか」 星「【鉤】とは直角三角形の直角をはさむ短い辺のことで、【股】とは長い辺のことです」 私「はあ」 ...続きを見る

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2017/03/10 06:55
「徐福の墓を探せ!」(12)阿房宮は世界の中心
「徐福の墓を探せ!」(12)阿房宮は世界の中心 星「モモテさん。これからご紹介する証拠には、文献学的なものと地理学的なものがあります。まずは文献学的な証拠からお話しします」(両手をテーブルに乗せ) 「よろしいですか、モモテさん。司馬遷の『史記』には、こんなことが記されています。 紀元前220年、秦の始皇帝が【信宮を渭水の南に作り、信宮を極廟と改め、天の北極をかたどった(焉作信宮渭南、已更命信宮為極廟、象天極)】。また、この年、国有道路網【馳道(ちどう)】の建設を開始した、と。 紀元前212年には、【阿房宮から渭水を渡って咸陽に向かう... ...続きを見る

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2017/03/04 17:26
「徐福の墓を探せ!」(11)古代の角度計測法
「徐福の墓を探せ!」(11)古代の角度計測法 星(大きな声で) 「次は緯度を決定する方法について話しましょう。現在でしたら、【北極星緯度法】か【子午線高度緯度法】を用いれば緯度を決定することができます。 前者は、小熊座のα星――北極星――を用いる方法です。緯度は天の北極の高度に等しいので、この高度を測ります。現在、小熊座のα星は天の北極から0.7度ほど離れていますが、その高度を測り、天の北極との差を補正することで、正確な緯度を算出することができます。 もっとも、この方法は南半球では使えません。北極星が見えないからです」 私(うな... ...続きを見る

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2017/03/03 21:43
「徐福の墓を探せ!」(10)方位と緯度
「徐福の墓を探せ!」(10)方位と緯度 私(テレビ・カメラを見て) 「えー、本日は、北斗大学工学部名誉教授の星光一先生においでいただいております」(着席している来客に声をかける) 「星先生。よろしくお願いいたします」 星(眼鏡をかけた男性が会釈する) 「星です。よろしくお願いします」 私「えー、星先生は徐福に関する論文をお書きになっています。先生、その論文の概要を話していただけますか」 星(片手をあげて立ち上がる) 「はぁい。概要は、こうです。徐福は秦の始皇帝の命令で東に進み、日本に渡って富士山の麓(ふもと)で他界し... ...続きを見る

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2017/02/28 13:06
「徐福の墓を探せ!」(9)新北神社の長寿木
「徐福の墓を探せ!」(9)新北神社の長寿木 童女(微笑んで) 「はい。いまだに枝をのばしています。その樹齢は2200年前後と推定されています」 私(目を丸くして) 「ほぉおお、2200年前後ですかあ!」(座り直して) 「ねえ、童女さん。ビャクシンというのは、どんな木ですか」 ...続きを見る

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2017/02/22 16:47
「徐福の墓を探せ!」(8)平地の王
「徐福の墓を探せ!」(8)平地の王 私(着物姿で着席している。テレビ目線で) 「えー、本日のゲストは童女香織(どうじょ・かおり)さんです。なんと、神奈川県立T高校の1年生です」(横にいる女性を見て) 「童女さん、よろしくお願いします」 童女(頭を深くさげ) 「こちらこそ、お願いいたします」 私(下あごを撫で) 「んー……童女さんの今日の衣装は、ちょっとユニークですね。それは……?」 童女(微笑んで) 「はい。高句麗風の上着とロングスカートです」 私「高句麗と言うと……今の北朝鮮ですか」 童女「北朝鮮から中国... ...続きを見る

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2017/02/22 10:55
「徐福の墓を探せ!」(7)水銀と黄金
「徐福の墓を探せ!」(7)水銀と黄金	王(立位で、九州の水銀鉱床群マップを指さして) 「まず、九州西部の水銀鉱床群を見てください。波佐見鉱山の近くに丹生川という川があり、その両側に嬉野町の丹生神社があります。川の名や社名は露頭丹砂の採掘者が残したものだと思われます。ここから東に進むと、八女市の童男山古墳群や星野金山に出ます。さらに東に進むと日田市の鯛生金山に出、もっと東に進むと大分市の丹生川に出ます」(ここで席につき、ノートを見る) 「さて、緯度に注目してみましょう。嬉野町は北緯33度0分から33度10分にかけての地域で、八... ...続きを見る

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2017/02/14 18:14
「徐福の墓を探せ!」(6)童男山古墳群
「徐福の墓を探せ!」(6)童男山古墳群 王「童男山古墳群は福岡県八女(やめ)市大字山内1281番地にある古墳です。ここでは、毎年、たきぎを燃やしていぶす行事【童男山ふすべ】が実施されています。 この行事は徐福が来日したことと深い関係があります。 八女地方に伝わる話によると、大昔の1月20日、徐福らを乗せた船が有明海で遭難し、浜に打ちあげられたそうです。八女の村人たちは枯れ木や枯れ葉を集めて燃やして徐福の体を温めましたが、そのかいなく、徐福は息を引き取ってしまいました。そこで、村人たちは童男山に徐福の遺骸を葬りました。そして、徐... ...続きを見る

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2017/02/14 14:02
「徐福の墓を探せ!」(5)吉野ヶ里遺跡
「徐福の墓を探せ!」(5)吉野ヶ里遺跡 王「えー、吉野ヶ里遺跡は徐福が来日した紀元前3世紀ごろに急に巨大化しているんですが、そこからはたくさんの人骨と2000基以上の甕棺(かめかん)が出土しています。出土した人骨は、瓜ざね顔・高身長を特徴とする江南・山東の人骨によく似ているということが分かっています」 私「そうですかあ」(いったん、うなずく) 「あのぅ、先生。カメカンというのは何ですか」 王「甕棺というのは、亡くなった人を入れる、大型の素焼きの土器のことです。その内部からは水銀朱――硫化水銀から作られた赤い顔料――が見つかっ... ...続きを見る

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2017/02/09 18:24
「徐福の墓を探せ!」(4)徐福の生地
「徐福の墓を探せ!」(4)徐福の生地 王(『九州の水銀鉱床群』という地図を指さして) 「このマップは、1953年に矢嶋澄策博士が発表なさった『日本水銀鉱床の分布について』という論文に基づいて作成しております。このマップと徐福伝承地を照らしあわせると、面白いことが分かります。九州西部水銀鉱床群の中に、徐福伝承地の佐賀県武雄市および佐賀市諸富町があります。そして、この鉱床群の東側に、佐賀県の佐賀市、福岡県の八女市と筑紫野市があります。いっぽう、九州南部水銀鉱床群の周辺に、徐福伝承地のうちの三つ――鹿児島県の串木野市と南さつま市坊津... ...続きを見る

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2017/02/05 16:52
「徐福の墓を探せ!」(3)徐福の天職は何か?
「徐福の墓を探せ!」(3)徐福の天職は何か? 私「王先生! 王先生は先頃、【徐福の墓・捜索隊】というサークルをお作りになったそうですね」 王(笑って) 「はい、作りました。もっとも、隊員は3名です」 私(笑って) 「アハハ。その隊の目的・活動内容などをお聞かせください」 王「目的は、徐福あるいは徐巿(じょふつ)と呼ばれた人物の陵墓を探しだすこと。活動内容は……まだ煮詰まっていませんが、できれば、徐福あるいは徐巿と呼ばれた人物のご遺体を見つけだしたい、と考えています」 私(カメラ目線で) 「皆さん... ...続きを見る

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2017/02/03 17:24
「徐福の墓を探せ!」(2)秦の始皇帝と水銀の川
「徐福の墓を探せ!」(2)秦の始皇帝と水銀の川 私(着席している。顔をゲストの方に向け) 「あの、ところで、王先生。秦の始皇帝と水銀についてお聞きしたいんですが……」 王(着席している。微笑んで) 「ええ、どうぞ」 私「そもそも秦の始皇帝というのは、どういう人だったんでしょう」 王「秦の始皇帝は、紀元前3世紀の中国の王、すなわち、一代で広大な中国を統一し、空前の大帝国を築きあげた男です。その姓は嬴(えい)、氏は趙(ちょう)、諱は政(せい)です。正月に生まれたので、それにちなんで政とつけられた、と言われています。人と... ...続きを見る

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2017/02/01 11:19
「徐福の墓を探せ!」(1)水銀の効用
「徐福の墓を探せ!」(1)水銀の効用 はじめに ...続きを見る

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2017/01/29 13:47
小説『讖緯』  三十三、中大兄皇子が称制を用いたワケ
小説『讖緯』  三十三、中大兄皇子が称制を用いたワケ 「先生、まとめて質問しないでください!」モモテが禿げ頭を撫でながら眉をハの字にする。「先生……最初の質問は何でしたか」 横内は微笑んで、 「中大兄皇子がなぜ、称制を用いたのか。換言するなら、中大兄皇子が長い間、正式な天皇にならなかった理由は何か、です」 「えーと……661年に斉明天皇が崩御した、ということでしたね。中大兄皇子が正式に天皇になったのは、いつですか」 「668年です。天皇崩御後の7年間、彼は皇太子のままでした」 「それって不思議ですよね」モモテは下あごを撫でる。「そうせ... ...続きを見る

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2017/01/27 20:51
小説『讖緯』  三十二、斉明天皇七年には何があったのか?
小説『讖緯』  三十二、斉明天皇七年には何があったのか? 「横内先生!」モモテが、すかさず右手をあげる。「本当に斉明天皇七年を大変革の年と見ていいのでしょうか。こう言っちゃあ、ナンですが、検証が不足しているように思えます。斉明天皇七年という年のこと、もっと詳しく教えてください」 「あ……はい、分かりました」横内は、たどたどしい口調で答える。「660年代は激動の時代でした。660年には百済の滅亡があり、663年には白村江の戦いがあり、668年には高句麗の滅亡がありました。斉明天皇七年(661年)という年は危機的な年――倭国が海外勢力の占領下に入る危... ...続きを見る

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2017/01/26 20:46
小説『讖緯』  三十一、辛酉革命論
小説『讖緯』  三十一、辛酉革命論 12月25日午前8時45分、SCTの第三スタジオ。 「大丈夫ですかあ」モモテがゲストの横内の背中をリズミカルにたたく。「博英先生?」 「え、ええ、大丈夫です」ゲストの横内は頭を深くさげる。「ありがとうございます」 モモテは自分の席に戻って、 「その咳、出はじめると、止まらなくなるようですね」 「ええ。でも、落ち着きました」 「風邪ですか」 「ええ、風邪です」 「横内正先生が、あんなことになったので……」モモテは禿げ頭を撫でながら顔をしかめる。「今は博英先生が頼りです。お願いし... ...続きを見る

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2017/01/23 15:58
『レオンベルクの魔女』 W 判決
『レオンベルクの魔女』 W 判決 W 判決 ...続きを見る

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2017/01/21 07:00
『レオンベルクの魔女』 V 弁護士たち
『レオンベルクの魔女』 V 弁護士たち V 弁護士たち ...続きを見る

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2017/01/21 06:48
『レオンベルクの魔女』 U 魔女裁判
『レオンベルクの魔女』 U 魔女裁判 U 魔女裁判 ...続きを見る

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2017/01/21 06:39
『レオンベルクの魔女』 T 宇宙法則と魔法
『レオンベルクの魔女』 T 宇宙法則と魔法                             著 : 表 正彦 ...続きを見る

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2017/01/21 06:24
作中作『最初の日本人』 七、針道のイヌワシ
作中作『最初の日本人』 七、針道のイヌワシ 尾根すじから見おろした針道(はりみち)は、益荒男(ますらお)の口もとに似ていた。白波が点在する、細長い、黒い川は、丈夫な歯がはえそろった口の中を思わせた。川辺にひろがる紅葉は、血色のよい唇を思わせ、そのまわりにひろがる家々とスギ林は、よくのびた口ひげやあごひげを思わせた。 荒くれ男がいるにちがいない。 白馬にまたがった御食子が、そんなことを考えながら、だらだら坂をおりてゆくと、さざれ石が見える、小さな川のほとりに出た。婦女が四人ばかりいて、腰をおろしていた。白っぽい単衣から赤い膝小僧が出... ...続きを見る

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2017/01/20 21:06
小説『讖緯』  三十、日本の時間のはじまり
小説『讖緯』  三十、日本の時間のはじまり 2016年12月25日午前8時半、SCTの第三スタジオ。 司会役のモモテがテレビ・カメラを見て、 「えー、楽語家(らくごか)のモモテでございます。本日のゲストは横内博英先生でございます」ここでチラリと隣を見て、 「先生、よろしくお願いいたします」 そう言って頭を軽くさげる。 横内は頭を深々とさげ、 「こちらこそ、お願いいたします」 二人は背もたれつきの椅子に並んで座っている。二人の前には、ゆるやかなカーブを描く、細長いテーブルがある。 ...続きを見る

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2017/01/19 16:07
作中作『最初の日本人』 六、丹生
作中作『最初の日本人』 六、丹生 東の空が白みはじめた頃―― 御食子は白馬に、駒は蒼馬に乗りこんだ。風はほとんどなかったが、暖かくもなかった。 御食子が身に着けている物は、黒い冠と翡翠(ひすい)の首飾り、萌黄色の袍とイノシシの毛皮、それに黄丹色の袴と栗色の沓(くつ)だった。腰紐には黒い三尺棒をねじりこみ、懐中には卵色の刀子(こがたな)をしのばせていた。 いっぽう、駒が身に着けている物は、灰色の冠と衣と沓だった。腰紐には漆黒の刀剣をつりさげていた。 やがて御食子と駒は、飛鳥川と細川(現在の冬野川)の合流部に出た。 ...続きを見る

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2017/01/18 15:39
作中作『最初の日本人』 五、侏儒の駒
作中作『最初の日本人』 五、侏儒の駒 「御食子さんや。そなたの言うことは、一理ある。独自の文字・独自の暦・独自の国号を作るのは、とても素晴らしいことだ。あなどられずに済む!」咋子が、囲炉裏端(いろりばた)の酒壺に手をのばしながら、力強い口調で言った。「だが、簡単にできることではないぞ」 「えっ?」御食子は細い目をさらに細める。「難しいことなんですか」 「そうだ。たいへん難しいことだ。たとえば、独自の暦だが……」咋子は手酌をしながら、ゆっくりと答える。「それを作りあげるためには高度な知識が必要だ。長い間、天体観測をするための気... ...続きを見る

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2017/01/17 12:15
作中作『最初の日本人』 四、隋の主張
作中作『最初の日本人』 四、隋の主張 四、隋の主張 ...続きを見る

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2017/01/15 09:20
小説『讖緯』  二十九、恵慈の場合(その2)
小説『讖緯』  二十九、恵慈の場合(その2) 「今度は600年代の高麗国を見てみましょう!」横内は口早に言って、ノートを見る。 「えー……『三国史記』の高句麗本紀・嬰陽(えいよう)王十四年(603年)の条には、こう書かれています。【高麗王は将軍・高勝に新羅の北漢山城を攻撃させた。新羅王が軍隊を率いて漢江を渡ると、城中でも太鼓を打ち鳴らして応援した。高勝は敵軍の数が味方の数より多いため、退却した】と。 同王十八年(607年)五月の条には、こう書かれています。【高麗王は出兵して百済の松山城を攻撃させたが、降伏させることができなかった。そ... ...続きを見る

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2017/01/14 20:28
作中作『最初の日本人』 三、隋と高麗の戦争
作中作『最初の日本人』 三、隋と高麗の戦争 三、隋と高麗の戦争 ...続きを見る

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2017/01/14 13:38
作中作『最初の日本人』 二、氏族自慢
作中作『最初の日本人』 二、氏族自慢 二、氏族自慢 ...続きを見る

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2017/01/13 15:17
小説『讖緯』  二十八、恵慈の場合(その1)
小説『讖緯』  二十八、恵慈の場合(その1) 「さて、モモテさん……」横内はノートとモモテの顔を交互に見ながら話を進める。 「『日本書紀』の推古天皇三年(595年)の五月からその翌年の十一月の条にかけては、こんなことが記されています。高麗の僧侶・恵慈が渡来し、厩戸皇子(聖徳太子)の仏教の師となった。そして、飛鳥寺の住職の一人となった、と。 同天皇十年(602年)閏十月の条には、こんなことが記されています。高麗僧の僧隆(そうりゅう)と雲聡(うんそう)が倭国に渡来した、と。 同天皇十三年(605年)四月の条には、こんなことが記されてい... ...続きを見る

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2017/01/11 20:01
作中作『最初の日本人』 一、鎌子の誕生
作中作『最初の日本人』 一、鎌子の誕生 原作:横内正 挿画:M.Omote ...続きを見る

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2017/01/11 14:53
小説『讖緯』  二十七、恵便の場合(その7)
小説『讖緯』  二十七、恵便の場合(その7) 「モモテさん。平原王二十三年(581年)二月には流星が雨のように落ちています。七月には王都に霜が降り、雹が降って、穀物を枯らしています」横内が言う。「こういった天変地異が起きるのは政変の前兆だ、と讖緯思想家なら考えます。そして実際に、政変が起こります。この年の二月、北周の静帝――わずか八歳の宇文闡(うぶんせん)――が、外戚の楊堅(ようけん)に兵権をにぎられ、その地位を譲るのです。しかしその翌月、宇文闡は楊堅に殺されます。北周の皇族は皆殺しにされます」 「皆殺しですか!」モモテは目を丸くする... ...続きを見る

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2017/01/10 05:33

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