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zoom RSS 最果ての国(17)アデリー・ペンギン

<<   作成日時 : 2017/06/19 19:06   >>

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横内正彦-著
17.アデリー・ペンギン

1月1日午後1時2分――
突然、誰かが中央監視室のドアを激しくたたいた。すぐに、
「チャーリー、俺だ。開けてくれ!」
という声が聞こえてきた。
ドアの近くで資料を印刷していたシラセは、ちょっとうろたえた。
「はいはい」
とアベルソンは繰り返し言いながら走ってきた。そしてドアのチェーン錠をはずし、ドアノブをまわした。
フリードマンは首だけを部屋の中に入れ、左右を見た。それから、
「ここは狭いな。チャーリー、ノート・パソコンを持って扇形ホールに来てくれ」
と言った。

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午後1時6分――
「諸君、筆跡鑑定は失敗に終わりそうだ」
とカウチに座っていたフリードマンが、いくぶんうなだれながら言った。
「リッキー、どういうことです。何があったんです」
と彼の横に腰をおろしていたアベルソンが聞いた。
「うむ……」
とフリードマンは眉尻をさげながら低い小さな声で言った。
「あれから俺と支配人はだな、客人のサインを求めて各客室をまわったんだよ。最初のうちは、うまく行った。だが、しだいにうまく行かなくなった。理由を聞かれるようになり、時間がかかるようになったんだ。
一番最後が大西洋園のアーロン・スコットだった。奴は、
『事情を聞かせていただけないならサインなどできません』
と食いさがった。
しかたなく俺はことのしだいを話し、貼り紙を見せた。
奴は貼り紙の文字をしげしげと見て、
『警部補。これは人が書いた字ではありません。ところどころかすれているので手書きのように見えますが、よく見ると違います。インクの色は一様です。紙にペンを押しつけた跡もありません』
と言った。
『人以外の誰が、こんな字を書けるんだ』
と俺は声を荒げて聞いた。
『コンピュータです。印刷機つきのコンピュータです。実はですね、よく似た筆記体フォントを目にしたことがあるんです』
と奴は澄ました顔で言った。
『なんてフォントだ』
と俺が迫ると、
『えーと、ですね……あれは確か……』
と奴は頭に手をやった。数秒後には手をたたき、
『思い出しました。アクライン・ダニエルです』
と言った。
なので、チャーリー、おまえのところに駆けつけたんだ。おまえのノート・パソコンで、アクライン・ダニエルという筆記体フォントを呼びだしてほしいんだ」
「分かりました。アクライン・ダニエルですね」
とアベルソンは言って、操作を開始した。
数十秒後には液晶画面を指さし、
「わしっぱなのダニエルさんの登場です。太いペンでサラッと書いたような見た目のフォントですね。かすれた線が混じっているところが憎いですね」
と言った。
すぐにフリードマンは画面の文字と貼り紙の文字を見くらべた。何度も見くらべた後、
「くそっ、まったく同じだ。コンピュータめ!」
と毒づいた。

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午後1時12分――
「うーん……まいったな。うーん……まいったな」
と、シラセが用意した印刷物を読んでいたフリードマンが繰り返し言った。その後で顔をあげ、
「ドクター・シラセ。この印刷物、もらえるかい」
と言った。
「どうぞ」
と、シラセは手のひらを向けて言った。
「あたしも、いただいていいかしら」
と、涙で灰色の瞳をうるませたマルメラードフが言い、
「あの……僕にもください」
と、目のふちを赤くしたアベルソンが言った。
「ええ、ええ。どうぞ、どうぞ」
とシラセは言った。
「あたし、白瀬矗の『南極探検』を読んで泣いちゃった」とマルメラードフ。
「イヌを見殺しにした人、食べた人。彼らは心に深い傷を負ったでしょうね」とアベルソン。
「しかたがないことなんだよな」とフリードマン。

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午後1時15分――
「チャーリー。あんたはどんなことをつきとめたんだ」
とフリードマンがアベルソンの顔を見ながら口早に言った。
「は、はい。僕はですね――」
と、アベルソンはキーボードをたたきながら、おずおずと言った。
「ジョージ・エリントンが南極で何をしたのか、調べてみました。はい、文書が出ました。読みますね」

★【米国の探検家トーマス・ギルバードの随想『ジョージ・エリントンについて』】
1911年1月に南極大陸に上陸したジョージ・エリントンは他の5人の隊員とともに沿岸部で調査をしました。
スコットらの遭難を知ると、探検隊の船・テラノヴァ号で救助に向かおうとしましたが、氷にはばまれて身動きが取れなくなりました。そして、何か月間も雪の洞窟の中で耐えしのび、1913年の1月に生還しました。

★【英国の鳥類学者フィリップ・マクドナルドのホーム・ページ】
アデア岬はヴィクトリア・ランドの北端にある火山岬である。黒色玄武岩よりなり、氷はほとんどない。
この岬の南西の平坦地とアデア半島の西斜面には、アデリー・ペンギンの大繁殖地がある。
1911年2月、ジョージ・エリントンら北隊は、アデア岬の一角に粗末な小屋を建て、地質の調査と鳥類の観察をおこなった。そして、ひと冬をやり過ごした。
1912年1月、この北隊はテラノヴァ号に乗って、エヴァンス岬の北西200マイル(320 km) の地点まで行き、下船した。2月18日まで地質調査をおこなうためだった。
だが、2月18日になっても19日になっても、いや3月になっても、迎えに来るはずの船が現れなかった(実は、厚い叢氷のために接近できなかったのである)。彼らは魚、アザラシ、ペンギンを食べることで飢えをしのいだ。
4月、彼らは氷上を歩いてインエクスプレシブル島に渡り、雪の洞窟を作った。そして、その中で救援隊が来るのを待った。凍傷、壊血病、赤痢そして飢餓が彼らを苦しめた。彼らは動物の脂身をあるいは燃やし、あるいは食べることで何とか生きのびた。
9月29、30日は好天だった。彼らはこれが最後のチャンスだと考え、ベース・キャンプに向かって出発した。力をあわせて難所のドリガルスキー氷舌を越え、11月7日、エヴァンス岬に到着した。

★【ジョージ・エリントンの『南極日記』】
1911年10月10日。おお、忌まわしき動物アデリー・ペンギンよ。その生態を観察し、記録することは苦痛だ。苦痛以外の何ものでもない。だが、これは神が私に与えた仕事なのだ。今日は主に写真を撮った。
10月11日。今日も写真を撮りつづけた。アデリー・ペンギンの威嚇のポーズは凄い。頭の羽毛をおっ立てて、こちらを見つめる。もっとも、かがみこんで横目でにらむ奴もいる。
10月13日。信じがたい光景を目にした(詳しいことは書きたくない)。ここは堕天使が支配する世界なのだろうか。
10月20日。アデリー・ペンギンは巣を作る際に海岸地帯の地肌が露出した場所とたくさんの小石を必要とする。だが、小石の数は限られている。今日は、小石欲しさに売春をする雌を目撃した。
11月11日。二羽の雄ペンギン――同性愛カップル――に名前をつけることにした。太った大きい奴がエルトンで、おチビさんがサイモンだ。エルトンとサイモンは親になりたがっている。昨日までは、たびたび他のペンギンカップルに接近し、その卵を盗もうとしていた。今日は、死んだニシンを卵の代わりに温めている。
12月18日。何てことだ。雄ペンギンの集団が幼鳥たちを追いかけている。この集団にはフーリガンという名前をつけることにした。
12月19日。フーリガンどもの攻撃は執拗だ。幼鳥たちが鳴いても血を流しても容赦しない。
12月20日。フーリガンどもが死んだ幼鳥をつついていた。何度も何度もだ。そのそばでエルトンとサイモンが戯れていた。やりきれない。
12月23日。嫌なものを見てしまった。あるフーリガンが死んだ雌と交尾していたのだ。なぜ、こんなことが許されるのだろう。

「まだありますが、これぐらいでいいでしょう」
画面から目を離してアベルソンが言った。
「ジョージ・エリントンにとって南極は最低最悪の地……地獄だったようです」
「注目すべきことは――」
と、しかつめらしい顔でフリードマンが言った。
「ジョージ・エリントンが南極でペンギンを食べていたということだ。そして帰国後、菜食主義者になったということだ」

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